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高知地方裁判所 昭和61年(ワ)695号 判決

原告

安田火災海上保険株式会社

被告

山本勲

主文

一  被告は、原告に対し、金八三万〇五二九円及びこれに対する昭和六一年一二月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九は被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、損害保険事業を営む株式会社である。

2  被告は、別紙表示の交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷したとして、昭和五九年七月三〇日から入院した。

ところで、原告は、昭和五九年三月九日、訴外松田(旧姓三宅)里佐(以下「訴外松田」という。)との間で、自動車保険契約(被保険自動車・高五五め七七一七)を締結していたところから、被告が、原告に対し、本件事故の被害者として休業損害、慰謝料及び入院雑費等の請求をしてきたので、原告は、被告に対し、右入院日である昭和五九年七月三〇日から同年一〇月一五日までの間に、仮渡金などとして一〇〇万円を支払つた。

3  しかし、本件事故と被告の負傷ないしそのための入院、治療との間には因果関係はない。すなわち、〈1〉本件事故による車両の損害としては、白石車のボンネツト部分及び右フロントフエンダー後部付近に凹損があるほか、土居車の後部荷台付近に親指大の軽微な凹損があるにすぎないこと、〈2〉本件事故直後は、物損事故として処理されていたこと、〈3〉訴外土居教純(以下「訴外土居」という。)、同白石荘介(以下「訴外白石」という。)及び同松田は本件事故で負傷しておらず、被告のみが本件事故の翌日である昭和五九年七月三〇日になつて頸椎捻挫の病名で入院したこと、〈4〉高知地方検察庁が、本件事故と被告の負傷との間には因果関係がないとして訴外松田を不起訴処分としていることからすると、右にいう因果関係はない。

4  被告は、悪意で右一〇〇万円を利得し、原告は、同額の損害を被つた。

5  よつて、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、不当利得金一〇〇万円及びこれに対する右金員の最終支払日の翌日である昭和五九年一〇月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。ただし、被告が入院したのは昭和五九年七月三一日からである。

3  同3のうち、本件事故と被告の負傷との間に因果関係がないとの主張は争い、土居車の凹損の程度、訴外土居が負傷していないことは否認し、その余の事実は認める。

4  同4の事実のうち、被告が悪意で一〇〇万円を利得していることは否認する。

5  同5の主張は、争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実のうち、被告が入院した年月日を除くその余の事実は、いずれも当事者間において争いがない。

二  本件事故の発生

成立に争いのない甲第一号証の一、二(原本の存在についても)、第六、第一〇号証の一ないし四(原本の存在についても)、第二三号証の一、二(原本の存在についても)、第二四ないし第二六号証(いずれも原本の存在についても)、乙第一ないし第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七、第八号証、乙第六号証及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外松田は、昭和五九年七月二九日午前一〇時二〇分頃国道五五号線(南国バイパス)を白石車に追従して西進し、本件事故現場である高知県南国市明見八一八番地一先のT字交差点に差しかかつた際、既に右交差点において右折北進のため一時停車していた土居車がいたため、白石車が直進できず土居車の後方に白石車を停車させていたところ、前方を注視して運転すべき注意義務があるのにこれを怠り、右交差点手前約三〇メートル手前から脇見運転をし、その後方から時速約四〇キロメートルで進行した過失により、白石車の停車を約一四メートルの距離に至つて気付き、急制動の措置をとつたが及ばず、松田車前部を白石車後部に追突させ、その反動で前に押し出された白石車をして、同車右前角部を、更に前方に停車していた土居車の右後角部に衝突させ、土居車の右部に凹損を与えたが、その衝撃により土居車の助手席に同乗していた被告に傷害を負わせた(傷害の点は、後記認定のとおりである。)ことが認められる。

三  責任原因

前記甲第二六号証及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外松田が、本件事故当時、松田車を自己のために運行の用に供していたものであることが認められ、訴外松田は自動車損害賠償保障法三条により、本件事故による被害の損害を賠償する責任がある。

四  損害

1  本件事故による被告の受傷の有無

(一)  前記甲第一号証の一、二、第六ないし第八号証、第二三号証の一、二、第二四、第二五号証、原本の存在及び成立につき当事者に争いのない甲第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五、第一六号証の一、第一七号証の一、乙第六号証、被告主張の被写体であることは当事者間に争いがなく、撮影者・撮影年月日は弁論の全趣旨により被告主張のとおりと認められる乙第七号証の一ないし三並びに弁論の全趣旨を総合すると、松田車が追突した直後、松田車、白石車及び土居車はほとんどその位置を変えずにその場所に停止していたこと、本件事故直後は物損扱いとして処理されていたこと、白石車の物損状況は車体の前後に及んでいるが、その損傷は大きくなく、修理費(見積り)も二一万四七四〇円で済んでいること、訴外松田と白石車の同乗していた人との間は示談が成立していること、土居車の物損状況は後部右角部分をわずかに損傷したにすぎず、損害賠償の交渉経過を通じてその修理費が問題とされたことがうかがわれないこと、土居車運転の土居教純は頸椎挫傷の病名で本件事故の翌日から六日間通院しその後八日間入院しているにすぎないこと、訴外松田及び白石車に同乗していた人は本件事故により傷害を受けていないこと、本件事故の翌々日のレントゲン写真によると被告の頸椎に異常がなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実及び前記認定の本件事故発生の態様を合せ考えると、本件追突により被告の身体に加えられた衝撃は、極めて軽微なものであつたと推認される。

(二)  しかし、他方、前記甲第一〇号証の一ないし四、第二三号証の一、二、第二五号証、乙第一ないし第四号証及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、本件事故の翌々日である昭和五九年七月三一日から同年一一月二六日までの一一九日間井沢外科に入院し、同年一一月二七日から昭和六〇年二月一三日までの間右外科に通院(診療実日数四七日)して治療を受けたこと、被告の症状は、本件事故の翌日(昭和五九年七月三〇日)昼頃から食事ができない、はき気がする、うなじの痛みがある、頭がふわふわする等であり、頸椎捻挫の診断がなされていることが認められる。

(三)  そこで検討するに、被告が医師等に訴える右症状は、いずれも、自覚的愁訴が強く、客観的、他覚的所見としての裏付けがないものではあるが、本件記録を精査しても、すべて詐病であると認めるに足りる証拠はなく、そうすると、本件追突事故が存在する以上、前記(一)の事実をもつて本件事故により被告が傷害を負つた(その程度は後述)ことを否定することはできないといわなければならない。

もつとも、成立に争いのない甲第一四号証及び弁論の全趣旨によると、訴外松田を被疑者、本件事故を被疑事実とする業務上過失傷害被疑事件が、衝突による衝撃と傷害発生との間の因果関係に疑問があるとして嫌疑不十分で不起訴処分となつていることが認められるが、右は検察官が刑事事件において立証上の見地から判断したものであるから、民事事件である本件に直ちに援用することは相当ではない。

2  本件事故よる被告の傷害の程度

(一)  前記甲第二、第一〇号証の一ないし四、第一六号証の一、第一七号証の一、二、第二四、第二五号証、乙第一ないし第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一九、第二〇号証、及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故の翌々日の被告の頸椎のレントゲン写真には何らの異常が認められず、入院の必要性が必ずしもなかつたのに、被告が入院したのは、被告の前記愁訴、治療の便宜上からにすぎなかつたこと

(2) 被告の入院後の投薬内容は、初期の約一〇日間は頸椎捻挫の治療に必要な薬の投与が主体であるが、それ以降はむしろ風邪ないし胃潰瘍の治療剤の投与が大半を占めるようになつていること

(3) 頸椎捻挫の治療に必要な牽引による治療は、昭和五九年八月二六日に至り初あて施され、その頃一日おきに合計三回行われたが、被告が拒否したため、その後は同年一〇月二四日に至りようやく再度の牽引を施したものの、同年一一月一五日までの間わずか一〇日間のみしか牽引を施していないこと

(4) 被告は、入院して一か月も経過しない昭和五九年八月一八日にははや外泊し、その後同年九、一〇月にもそれぞれ一ないし二泊の外泊をし、翌一一月に入ると外泊の回数が相当増加するに至つていること

(5) 被告は、入院中、上級室(二人部屋)に入室しているが、その理由は、被告が神経質で、不眠を訴えたためであること

(6) 被告が、警察に人身事故として届けた際、提出した診断書には、全治一〇日と記載されていたこと

(二)  以上の事実からすると、被告が医師に訴えた前記症状の内容は、ほとんどがいわゆる心因性のものといわざるをえず、被告が、本件事故により被つた損害の程度は、最大限見積つても、頸部の筋肉組織等に数日間の安静治療が必要な程度であつたと認めるのが相当である。

3  本件事故による被告の損害額

(一)  治療費

右に述べたところからすると、被告が訴外井沢外科に支払うべき治療費のうち、初診当時頃に受けた検査、診断(診断書料を含む。)及び治療等のみが本件事故と相当因果関係内にあるものと認めるのが相当である。

そこで、前記乙第一、三号証を勘案するときは、右相当因果関係内にある。金額は三万円を上回らないものと推認するのが相当である。

(二)  入院雑費

前記認定にかかる本件傷害に対する治療としては、入院が必要であつたと推認するに足りる証拠はないので、被告主張の入院雑費は認められない。

(三)  休業損害

被告において、本件傷害に対する治療のため本件事故の翌日である昭和五九年七月三〇日から同年八月四日までの六日間休業せざるをえなかつたものと認めるのが相当であり、成立に争いのない乙第五号証により右期間の休業損害として、九万八六三〇円(六、〇〇〇、〇〇〇円×六日÷三六五日)を認める。

(四)  慰謝料

被告が、本件事故により被つた精神的損害に対する慰謝料としては、二万五〇〇〇円が相当である。

(五)  以上小計 一五万三六三〇円

(六)  弁護士費用

本件事故と相当因果関係の認められる被告の弁護士費用としては、一万五〇〇〇円が相当である。

(七)  以上総計 一六万八六三〇円

五  一部弁済等

被告が、昭和五九年一〇月一五日までに、訴外松田が加入している損害保険から一〇〇万円を受け取つていることは当事者間に争いがない。

また、前記甲第二、第二四号証及び弁論の全趣旨によると、右一〇〇万円は、昭和五九年九月七日に四〇万円、同月二六日に二〇万円及び翌一〇月一五日に四〇万円それぞれ被告に対し仮渡し支払がなされていることが認められる。そして、弁護士費用を除くその余の損害額は一五万三六三〇円であるから、本件事故の翌日から支払日である昭和五九年九月七日まで(四〇日)の右遅延損害金は八四一円(一五万三六三〇円×〇・〇五×四〇日÷三六五日)となる。

そうすると、訴外松田が、本件事故により被告に対し負担すべき損害賠償債務は、前記損害金合計一六万八六三〇円及び右遅延損害金八二〇円の合計一六万九四七一円とする。

六  被告の不当利得額

原告は、被告が悪意である旨主張するが、本件記録を精査しても被告の悪意を認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告は現に利益の存する限度である八三万〇五二九円(一、〇〇〇、〇〇〇円-一六万九四七一円)を法律上の原因なく不当に利得していることとなり、原告に対し、右金額及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六一年一二月四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金(原告は、悪意の不当利得の場合の利息を請求しているものと解されるが、善意の不当利得の場合には遅延損害金の請求をするものと解される。)を支払うべきである。

七  結論

よつて、原告の本訴請求は、八三万〇五二九円及びこれに対する昭和六一年一二月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払う限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言の申立については、相当でないからこれを却下する。

(裁判官 横山光雄)

(別紙) 交通事故の表示

一 日時 昭和五九年七月二九日午前一〇時二〇分頃

二 場所 高知県南国市明見八一八番地一号先国道五五号線

三 加害車両 普通乗用自動車(高五五め七七一七)

四 被害者 被告

五 態様 訴外土居教純運転・被告同乗の普通貨物自動車(高四四せ二五九二)(「土居車」という。)が東方から進行してきて右折北進するため一時停止していたところ、訴外松田(旧姓三宅)里佐運転の加害車両(「松田車」という。)が土居車の後方にいた訴外白石荘介運転の普通乗用自動車(高五五の一一八四)(「白石車」という。)に追突し、その衝撃により、白石車が前に押し出されて、土居車に追突した。

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